それは、とある休日のこと。 黄金週間、なんて言われる素敵な連休も終盤に近づいたある日のことだ。 ふと気づいたら。 ――…そこは、幼稚園でした。 「え、ええええ、ええええ!?」 素っ頓狂な声を思わずあげてしまう彼女に、目の前にいた二人が振り返る。 「おや、どうかしましたか?」 「すごい声だね。 何かあったのかな」 「え、えっと……」 二人とも、彼女のよく知る人物だ。 糸のように細い目でにこにこと笑う、若干胡散臭い男と。 人畜無害そうな優しい笑顔が素敵な好青年と。 二人とも、彼女はよく知っている。 見知らぬ場所で、見知らぬ人物に囲まれるのに比べると、まだ安心感がある。 だが。 見知った人物が見知らぬ場所で、見慣れない格好をしているというのは、どうなのだろう。 やはり、どこか知らない世界に迷い込んでしまったかのような、不安感に襲われてしまう。 「えっと……。 プレジデントと恭平さん、二人ともエプロンなんか着てどうしたんですか……?」 そう。 二人して、可愛らしいひよこやらさくらんぼやらのアップリケのついたエプロンを着用しているのである。 今までそんな姿を見たことはない。 何がどうして、こんなことになってしまっているのか。 混乱する頭を必死に整理してみようとするが、答えにはたどり着けそうにない。 「『プレジデント』……? ふふ、どうしたんですか? まだ寝ぼけているんですか? 私は園長ですよ?」 「え、園長……」 「そうそう。ちょっと胡散臭くて教育者には見えないかもしれないけど、それでもこの人は園長先生だよ?」 「きょ、恭平さん……」 しれっと恭平が毒を吐いた。 隣でプレジデント……、もとい園長が何か物言いたげな顔をする。 が、それを黙殺して恭平はにこにこと優しく笑いながらも、駄目だよ、と言葉を続けた。 「君に名前で呼んでもらえるのはとても嬉しいけど……。 ここは職場だしね。 俺のことも、恭平先生、って呼んで貰えるかな。 ただでさえ生徒たち――…、主にイエスなんかは俺のことを先生って呼んでくれないからね」 「わ、わかりました……」 わからない。 彼、来栖恭平を「先生」と呼ばなくてはいけない理由や、プレジデントが園長であるというこの場の設定は大体察したとはいえ。 何故こんなことになっているのかは、ちっともわからない。 (……って、イエスくんが生徒?) 彼女の記憶が正しければ、琉堂イエスという人物は問題児ながらも同級生であるはずだ。 つまりは、高校二年生。 だが、その彼がエプロン姿の彼らの生徒であるということは――……。 「びえええええええんっ!! るどーキュンがおれさまのこといじめるよおおおおお!!!」 「ぶっころすぞ、わかめ」 「おいおい、イエス。なぐってからいうセリフじゃ、ねぇんじゃないかい……?」 「てつもとめてやれよ」 「るどう、ぼうりょくはいけない」 「ほっといたほうがいいよ、ジョー」 「おれのくまさん、どこですか?」 「しょみんどもがうるさくて、ねむれません」 「おれっち、おなかすいたっしょ!」 …………。 少し離れた場所から、ずいぶんと賑やかな声が聞こえてきた。 いつもよりも少し高い、幼げな声だ。 会話の内容自体は、いつもとまったく変わりないような気がするが。 (みんな、昔から変わらないんだなあ) つい、しみじみとそんなことに想いを馳せてしまった。 「ああ、生徒たちが騒ぎ始めてしまいましたね。 では、今日の担当を決めましょうか。 先生は、どのクラスを見たいですか?」 「どのクラス……?」 「年長クラス、年中クラス、年少クラスがあるからね。 俺と園長と君とで、手分けして見ているんだよ。 君はどのクラスを見たいかな?」 「えっと……」 |