「虎太郎くん、こっち!」
「ベリーちゃんー!!」

このままでは虎太郎がイエスに泣かされてしまう、と手を差し出したのは咄嗟のことだった。
その腕の中に、虎太郎がまっすぐに飛び込んでくる。
小さな体をしっかりと受け止めて――…、そのまま、つい、反射的に。
彼女はひょいと、虎太郎の身体を持ち上げていた。

「にゃ!?」
「……!!」

逃げていた虎太郎も、追いかけていたイエスも、その両方が驚いたように目を瞠る数瞬。
先に我に返ったのは、イエスの方だった。

「チッ、ばかみてぇ」

そのままイエスはフン、と息を吐き出して部屋の隅へと下がっていってしまった。

「虎太郎くん、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶだけど……。
なんかちょっと、おれっちショックっしょ……」
「え?」
「ベリーちゃんが、ベリーちゃんがおれっちのこと、ひょいって、ひょいって……!」
「あ……、ごめんね、虎太郎くん、嫌だった?」
「いやじゃないけど……!
むしろベリーちゃんに、だっこしてもらって、あーりがたーやー、にゃんだけど……!」

ぎゅむ、とひっつきなおした虎太郎が、ぐりぐりと頭を寄せて引っ付きなおしてくる。
甘えるような所作が、猫の仔でも抱いているような気になる。
ぽんぽん、と宥めるように背を撫でれば、へにゃ、と腕の中に抱いた虎太郎が表情を緩めるのがわかった。

(可愛いなあ)

ついつい彼女の方まで表情が緩んでしまう。
……と、そこで。
つつつ、といつの間にか隣にやってきていたルーシーが、くいと彼女のエプロンの裾を引いた。

「ルーシー? どうしたの?」
「せんせい。それ、エロガキ」
「え?」

言われてみれば、抱き上げた虎太郎がぐりぐりと顔を寄せている先は彼女の胸であるわけで。

「わ、わわわわ!!」

思わずぱっと手を放してしまった結果、虎太郎は見事に落下することになったのだった。


☆★☆


「……って、夢を見たんだけど」
「夢の中のオレっちずるいっしょ……!!
そんなオレっちだって堪能したことにゃいベリーちゃんのにゃむにゃむを……!」
「……虎太郎くん」
「にゃ、にゃははははは!」

向けられる声のクール極まりない響きを、虎太郎は笑って誤魔化そうと試みる。
だが、それにしてもずるい。
子供というのは、なんとも羨ましい。
下心などないと言わんばかりの純粋さで、美味しいところをかっさらっているように聞こえてしまう。

「……って」
「ん? どうしたの? 虎太郎くん。
また変なこと言ったら……」

ぐ、と恥ずかしそうに目元を軽く朱色に染めながら、睨まれた。
そんな顔ですら可愛いとしか思えないのだから、重症だ。

「えへへ、ちっちゃいオレっちは、ベリーちゃんに抱っこされて良かったかもしれないけどさ」
「うん?」
「今のオレっちはキミのこと、抱っこできちゃうもんね!」
「え、えええ!?」

片手は彼女の背中に。
もう片手は彼女の膝裏へと差し込んで、そのままひょいっと抱えあげてしまう。
いわゆる、お姫様抱っこ、というヤツだ。
両腕にかかるのは、幸せの重み。

「オレっちは、ベリーちゃんに抱っこされるよりも、ベリーちゃんを抱っこするほうがいいよ!」
「こ、虎太郎くんってば……!」

虎太郎の部屋なので、人目につくということはないのだが。
それでも、その体勢自体が恥ずかしくてたまらないのか、ますます彼女の顔が赤くなる。

「なんか、虎太郎くんとの間にお父さん似の息子が生まれたら、わたしすごく苦労する気がする……」
「そう?」

きっと父親によく似た、お母さんが大好きで大好きでたまらない息子になるのだろう。
そんな予感に、虎太郎は愛しさをこめて大好きな彼女へとそっと口づける。
岬虎太郎、本日もデレデレである。



おしまい