「わたしも手伝うよ」
「マジで? いいのかよ?」
「うん、もちろん」

先ほどまで、彼女が教室に来るまで遊んでいたのだろう。
部屋のあちこちに、おもちゃが散らかったままになってしまっている。

「おれ、あそこのクレヨンかたづけてきますねっ」
「たすかるぜ」
「これぐらいどうってことありませんよっ」

どうやら年少クラスの二人は、非常に仲良しであるようだ。
こうして考えてみると、彼女の知る高校生の彼らも、その関係性は変わっていないように思える。
行動力はあるものの、ちょっと雑なところのある伊織と、マメで面倒見のいい歩夢。
この二人はいいコンビなのかもしれない。

「……あ」
「どうかした?」
「せんせい、ちょっとこっちきてみろよ」
「なになに?」

ちょいちょいと小さな手で手招かれて、そちらへと歩み寄る。
伊織の手の中にあったのは、小さなプラスチックの指輪だった。

「せんせい、てぇかして」
「入るかな……」

子供向けのおもちゃは、ひどく小さい。
伊織はその小さなおもちゃの指輪を彼女の指にはめようと一生懸命だ。
小さな手がぺたぺたと触れてくるのが、くすぐったい。

「よしっ」
「ふふ、小指にしか入らなかったね」
「いーんだよ、おとこがおんなにゆびわをやることにいみがあんの!」
「はいはい、わかったよ」

えへんと胸を張って伊織は満足そうだ。

「なあ、せんせい」
「なあに?」
「しょうらい、おおきくなったら、おれとけっこんしてくれるか?」
「うーん」
「なんだよ、おれじゃあいやなのかよ」
「ううん、そうじゃなくて。
将来伊織くんは、わたしなんか目じゃないぐらいすっごくかっこよくなっちゃうから。
そのときに伊織くんが後悔しないかなーって」
「するわけねぇし!
おれ、せんせいのことガチですきだし!
だから……」
「うん、それじゃあ約束ね」

小さな指輪の嵌った小指で、指を絡める指切り。
それは、小さな幼い約束。


☆★☆


「……って、夢を見たんだけど」
「ちっちぇーオレ、マジぐっじょぶ」
「……そうかな」
「そうだって。ンな可愛いカノジョを、将来見越して予約してるとか、オレまじいい仕事しただろ」
「ふふ、夢の話だよ?」
「夢でもいいんだよ」

そう言い切って、伊織はずずっと目の前にあったジュースのストローをくわえて啜る。
本日は、放課後デート。
まずは小腹を満たそうと、彼女をマクタッキーへと連れ込んでいるのである。

子供、か……。と伊織は思った。
彼女が自分そっくりな子供と遊んでいるところを想像する。

「なあ」
「なぁに?」
「将来、オレと結婚してくれる?」
「ぶっ」

同じくストローをくわえかけた彼女が噴いた。
恥ずかしげに、その目元が赤く染まっていく。

「結構、ガチめの予約なんだけど」
「……うう」

今、彼女の左手の薬指には、お揃いのファッションリングが収まっている。
それは未来への約束。
いつかそこに本物を、との。

「なあ、どうよ」
「……わかってるくせに」
「オマエの口から聞きたいんだよ」
「……うう」

困ったように眉尻を下げて、唸った彼女はそろりと周囲に聞き耳を立てている人間がいないことを確かめた。
そして。

「……うん」

小さく、うなずいてくれた。
桐嶋伊織、基本的にしていることは園児時代から変わらない。
貫く男である。



おしまい