「ルーシー、止めてあげようよ」
「やだよ。
イエスがサッキーをおいかけまわすのは、いつものこと。
気にしても、しかたない」
「……いつものことなんだ」
「いつものことでしょ?」
「……うーん」

どちらかというと、いつものイメージで言うならイエスが追いかけまわしているのは慎之介であるような気がしないでもない。
ただ、現状慎之介は年長クラスの生徒だ。
クラスが違うともなると、その場合イエスにちょっかいを出して追いかけまわされるのは確かに虎太郎しかいない。

「ねえ、せんせい」
「なあに?」
「ルーシーがおうた、うたってあげる」
「本当に? ルーシーの歌、わたし好きだよ」
「うん、しってる。
だからせんせい、オルガンひいて?」
「えっ」
「…………」
「…………」

じ、っと見上げてくるルーシーから、彼女はそっと視線をそらしてみる。
歌は得意ではないのだ。
オルガンも、ルーシーの伴奏が出来るような腕ではない。

「えっと……」
「だいじょうぶ。
せんせいがルーシーにあわせるひつようはないよ」
「え?」
「ルーシーがせんせいにあわせてあげる」
「ルーシー……」

それだけ自信たっぷりに言われると、なんだか、本当に大丈夫なような気がしてくる。
ルーシーに手を引かれるまま、オルガンの前へと。
がたりと引いた椅子に腰を下ろす。

「本当に……、わたし、オルガンそんなに上手じゃないよ?」
「だいじょうぶ。せんせいは、ルーシーをしんじて」
「うん」

鍵盤に指を乗せ、適当な和音を奏で出す。
それに合わせて、隣に立ったルーシーが口を開いた。

「〜♪〜♪〜♪」

いつもより、高く澄んだ声音。
幼い音が、軽やかに和音にあわせて音階を歌う。

「……ね?」
「うん、ルーシーすごいね」
「……ふふ」

そうして、二人の音遊びは続く。


☆★☆


「……って、夢を見たんだけど」
「変な夢」
「……う」
「でも、悪くないね。
キミとルーシーが一緒に歌う夢なんでしょ?」
「うん。
……って言っても、わたしは出鱈目にオルガンを弾いてただけなんだけど……」
「いいな。
ルーシーも、姫と歌いたくなったよ」
「ええええ。
……ルーシー、わたしが歌得意じゃないの、知ってるでしょ?」
「知ってる。
でも、キミも知ってるでしょ?」
「え?」
「ルーシーは、キミにあわせるの得意だよ。
キミの音を、ルーシーの声で包んで、キミの世界を拡げてあげる」
「……うう」

それでもやはり、歌に対しては苦手意識が先に立つのか、彼女の表情は明るくない。
そんな風に、困った顔も可愛いとルーシーは思う。
本気では困っていなくて、少し甘えた風に許してくれないかな、とこちらを上目で伺う様子が、本当に可愛い。
そしてそんな顔が好きなルーシーであるので、もちろん許すつもりもない。

「姫、カラオケ行こう?」
「いいけど……、歌うのはルーシーに任せたいなー」
「だめ。ルーシーは姫と歌いたいの。
ルーシーと、姫の世界を歌で一つにしたい。
……だめ?」

そうやって、言えば彼女がやがては折れてくれるのも、ルーシーにはわかりきっている。
なんだかんだ彼女は、彼氏であるルーシーに甘いのだ。

「……わかったよ。
でも、ルーシーも、一緒に歌ってくれなきゃ嫌だからね?」
「もちろん」
「……ふう。
わたしとルーシーの間に子供が生まれるとしたら……。
お父さんに似て歌の上手い子だといいんだけどな」
「…………」
「……あ」
「そこまで、ルーシーとの未来をキミが考えてくれてるなんて嬉しいな」
「……うう」

自分が何を言ったのかを理解して、真っ赤になってしまった彼女にルーシーは嫣然と微笑んで見せる。
父親、だなんて言葉、今はまだピンとこないけれど。

「大好きだよ、姫」

ルーシー。
そういって囁く彼の声こそが、何より甘いことも、彼は知っている。



おしまい