「イエスくん!」
「……なんだよ」
「虎太郎くん、いじめちゃ駄目だよっ」
「いじめてねぇ」
「うそだよベリーちゃん!
かみさま、いまめっちゃおれっちのこといじめてた!」
「いじめじゃねぇ。
どっちが上だかわからせてやるための、きょういくだ」
「ぼうりょくはんたいっしょ!」
「そうだよ、イエスくん。暴力はよくないよ」
「……チッ、うぜぇな」

け、っと吐き捨てるように舌うちしながらも、イエスは虎太郎を追いかけまわすのはやめてくれたようだった。
こそこそこそっとその隙に虎太郎はルーシーの背後に隠れ、イエスの手が届かないところへと避難している。

「……フン」

すたすたすた。
虎太郎から興味が失われたらしいイエスは、そのまま部屋の隅へと下がってしまう。

「イエスくん?」
「……なにか用かよ」
「ううん、用ってわけじゃないけど……。
何してるのかなって」
「……うるせぇ、ほっとけ」
「…………」
「…………」

部屋の隅っこ。
真っ白な画用紙を大きく広げて。
使うのは黒一色。

「あ」
「……なんだよ」
「もしかしてそれ……、わんちゃん?」
「……っ!」

ぐりぐり、と塗り込めるようにクレヨンを動かしていた手が止まり、その白い頬にさっと朱色がさした。
ぶっきらぼうで、乱暴で、なかなか素直になってはくれない彼だけれど。
その実、好きなものに対する好意は意外とわかりやすかったりもする。

「……おい」
「うん?」
「てつだわせてやる」
「わかったよ」

目の前に広げられた真っ白な画用紙に、黒でカッコイイ犬を描こう。


☆★☆


「……って、夢を見たんだけど」
「夢だな。くだらねぇ」
「……うう、一刀両断だね」
「はあ? だったらテメェは俺にどんな反応を求めてんだ」
「どんなって言われたら困るけど……」

夢の中の彼は、もうちょっと可愛げがあったような気がしてならない。
拗ねたように唇をとがらせて、彼女はこれ以上の反応を諦めたのか足元の犬を構いだす。

「わんちゃん、イエスくんってばそっけないよねー」
「わん!」
「ちっちゃいイエスくんはもうちょっと可愛かったのに」
「わん?」
「疑ってんじゃねぇよクソ犬が」
「あははは、でも本当に可愛かったんだよ?」
「テメェも調子にのってんじゃねぇ」
「もう。
……わたしとイエスくんの間に子供ができたら、あんな感じなのかなあ」
…………
「…………」
「……

彼女が失言に気付くのと、ソファに転がったままのイエスの腕が彼女の華奢なウエストに絡むのはほぼ同時。
そのまま、ぐいと力づくで引き寄せる。

「わ! イエスくん!?」

どさりと倒れ込む重みを、しっかりと受け止めて。

「テメェ、俺との子供が欲しいのかよ」
「えっとその、そういう意味じゃなくて!!」
「じゃあどういう意味なんだよ?」
「ええとええっと……!!」

パニックになっているのか、真っ赤になって呻く彼女に、心の底から楽しくて楽しくて仕方がないというようにイエスはにぃと口角を吊り上げて笑う。
どこからどう見ても悪役にしか見えない笑みだろうが。
これでも、琉堂イエス。
幸せ真っ只中なのである。



おしまい