「心配してくれてありがとう」
「はは、いいってことよ!
せんせいに、けががないならそれがいちばんだ!」
「ふふ、ありがとう」
「なあ、せんせい」
「うん?」
「おれ、せんせいとキャッチボールがしてぇんだが……」
「あ、哲くんは野球が好きだもんね」
「おうよ!」

(小さい哲くんとなら、キャッチボールしても大丈夫かな)

相手が高校生の哲ともなれば、力加減の問題でキャッチボールをするのは少々怖いが……。
今の哲は、小さな子供だ。
それなら、きっと大丈夫だろうと彼女もうなずく。

「いくぜ、せんせい!」
「さあ来い!」

ぱしん。
子供にしてはしっかりとした軌道をえがいて、哲の投げたボールはしっかりと彼女の構えたグローブの中に納まった。
本物とは程遠い、子供向けの柔らかなボールに、クッション生地で出来たグローブ。
それでも、哲の投げるフォームだけがマウンドに立つ彼のピッチャー姿と重なるようだった。

「すごいね、哲くん。いいボールだよ」
「へへっ、おれ大きくなったら、やきゅうぶに入ってピッチャーになりてぇんだ」
「なれるよ、絶対」

にこにこと嬉しそうに笑いながら、哲は彼女が投げ返したボールを取る。
そして、再び振りかぶって、投球。
ぱしん、と響く小気味よい音。

未来のピッチャーとのキャッチボールはまだまだ続く。


☆★☆


「……って、夢を見たんだけど」
「へえ、あんたとキャッチボールねぇ」
「うん。哲くんがちっちゃかったから、わたしでも相手が出来たんだと思う」
「……大きくなった俺じゃあ、駄目かい?」
「え?」

哲の声に、彼女が驚いたようにぱちりと瞬く。
何もいくら哲が野球少年だったからといって、常に全力でキャッチボールをしなくてはいけないわけではないのだ。
試合となると、熱が入って手加減できないかもしれないが……練習ならば問題ない。
相手が投げたボールを受けて、投げ返す。
受け止めて、投げる。
そのやりとりが、面白いのだ。

「あんたとキャッチボール、俺もしてみてぇなって思ってよ。
……駄目かい?」
「でも……、わたし、ちゃんとしたキャッチボールなんかしたことないよ?」
「ボールは投げれるし、グローブの使い方もわかるだろ?」
「それは、学校の体育でもやったことあるから出来るけど……」
「それだけ出来りゃあ十分だよ。な、構わねぇだろ?」
「う、うん……」

ふと、気づいて問いかける。

「俺の投げるボールが、怖ぇかい?」

それなら仕方がないとも思う。
部活で野球をやり続けたピッチャーの哲が投げるボールが怖い、というのなら諦めようとも思う。
が。

「ううん、怖くはないよ。
でも、ちゃんとしたキャッチボールになるかなって」

哲の投げるボールに対しては全く心配することなく、ただただ自分の技術的なものにだけ不安を覚えているらしい彼女。
その恋人の健気さに、哲の口元は自然と笑みを浮かべた。

「んじゃやってみるとしようぜ!」
「うん! ……ふふ」
「どうかしたかい?」
「将来、わたしと哲くんの間に子供が生まれたら、きっと哲くんはその子を引っ張ってキャッチボールに行くんだろうなって思って」
「……そ、それってあんた……」
「……あっ」

二人手を繋いで歩きながら。
何気ない言葉から当たり前のように二人が一緒にいる未来を口にした彼女に、哲は面映ゆそうに口元をもにもにとさせる。
諸星哲、将来はきっと子煩悩である。



おしまい