10月31日。
それは古くはケルトにおいて、死者が現世に戻るとされている日。
魑魅魍魎たちが生者に混じり――……、場合においては、彼らは生者に害を加えること
すらあるのだという。
そのため、人々はそんな彼らの仲間を装う。
魔物であるふりをして、彼らの目から逃れるのだ。
そこから転じて。
現代におけるハロウィンは、仮装の祭典と化している。
人々は皆、日ごろの自分からかけ離れた仮装をして楽しむのだ。
そして――……、そんな祭典をTYB関係者たちも堪能していた。
「こんばんは、プリンセス。楽しんでいますか?」
「あれ? 悠斗くん?」
かけられた声に、チヒロはついきょろきょろと周囲を見渡してしまう。
「プリンセス? 僕はここですが」
「きゃあっ!? ごめんね、悠斗くん、気づかなかった。
……悠斗くん、背景が白いと見事に溶け込んじゃうね……」
「そうですか?」
不思議そうに首を傾げる悠斗は、いつもの王子様然とした格好ではなく、本日その身に
纏っているのは真っ白な着物だ。
しかも、その併せは通常とは真逆。
いわゆる死に装束だ。
もともと悠斗は色素が薄い方なのだが、そんな悠斗に白装束で白い壁の前に立たれて
しまうとまるで保護色だ。
「ふふ。なんだか、こんな形で悠斗くんの和装が見られるなんて思ってなかったよ」
「僕もこんな形で和服を着ることになるなんて思っていませんでした」
悠斗は呆れたように言いながら、ひょいと軽く肩をすくめて見せる。
今日は仮装パーティということで、全員がモンスターや幽霊の姿をしているのだ。
「なになに、どうしたのベリーちゃん。
そんなところでニノと二人っきりなんてあやし〜なー!」
「こ、虎太郎くんっ!」
「へへ、ジョーダンジョーダン!
ね、ベリーちゃん、オレっちのこの格好どう?」
「可愛いね」
普段は黄色い虎太郎だが、今日は全身がオレンジ色だ。
かぼちゃをモチーフにした衣装を着ているのだ。
頭には、おそらく本物のかぼちゃをくりぬいて作ったのであろうかぼちゃ帽子を
まるで兜のようにすっぽりとかぶっている。
「にゃーに言ってんの。
本当に可愛いのはベリーちゃんの方っしょ。
オレっちだけの妖精さん、ってカンジ!」
「もう、虎太郎くんったら」
チヒロはうっすらと頬を朱に染める。
柔らかな葉っぱをモチーフにしたような丈の短いスカートに、背中には薄絹と針金で
作った羽がすんなりと伸びている。
虎太郎の言ったとおり、妖精の衣裳だ。
「虎太郎の言うとおりですよっ。
今日のお姫様、すっごく可憐ですっ!」
「歩夢くん?」
「はい、おれですっ。えへへ、おれはオバケですよっ」
がおー、と襲うようなそぶりを歩夢はしてみせるが、まるで子供がやるような
シーツオバケが相手では迫力に欠ける。
むしろ、可愛らしい。
「むむっ。お姫様、怖くないんですか?」
「ふふ、歩夢くんだってわかっちゃってるからかな。
怖いっていうよりも、可愛いなあ、って思っちゃった」
「じゃあオレは? オレのことは怖がってくれる?」
「え?」
ぐい、と腰のあたりに手がまわり、チヒロは一気にその声の主の元へと引き寄せられて
しまう。
「伊織くん?」
「そ、オレオレ。ど? カッコイイ? っつーか怖い?
ドキドキしてくれてる?」
「あはは、うん、カッコイイよ。
それに、一瞬伊織くんってわからなくてドキドキしちゃった」
「へへっ」
そういって満足げに笑う伊織は、全身を白い包帯で覆ったミイラ男だ。
包帯の隙間から見える表情や、素肌の色にやたらドキリとさせられてしまう。
「キリー、姫の独り占めはよくないよ」
「わあ、ルーシー。すっごくカッコイイし色っぽいね」
「そう? ありがとう。姫も可愛いよ」
「ルーシーに言われてもなあ」
「それどういう意味?」
「ルーシーの方がわたしより可愛いんだもん」
「そんなこと、ないと思うけどな」
ふふ、と妖艶に笑うルーシーの仮装は小悪魔だ。
赤と黒を基調にしたパンキッシュなミニスカートに、白黒縞模様のニーソックス。
頭には小さな角が二本生えている。
妖精のチヒロと並ぶと、ハロウィンを楽しむ女の子二人といった様相だ。
「プリンセス、ちょっといいだろうか。
俺も君に仮装を見て欲しいのだが……」
「拓海くん?」
「俺はこういったイベントに参加するのは初めてなのだが……。
何かおかしくないだろうか」
「……ぷっ」
自信なさげにそう言った拓海を見上げて、チヒロは思わず吹き出してしまった。
拓海の仮装はフランケンシュタイン。
長身で体格の良い拓海には、似合いすぎるほどに似合っている。
「よく似合ってるよ、拓海くん」
「そうか、それなら安心した。海里に聞いたのだが、ハロウィンには仮装した怪物に
なりきらなければならないと聞いた」
「うん、そうだね。元はそういうお祭りだって、聞いたことがあるよ」
「君は、フランケンシュタインというのがどういう怪物か知ってるか?」
「えっと……、死体から作られた怪物なんだよね?」
「ああ。だが彼は、ずっと自分と同じ存在を探し続けるんだ。……そう、花嫁を」
「花嫁?」
「俺の花嫁となってくれるか?」
「た、拓海くん……っ」
ぐ、と手を握られて、チヒロはあたふたとしてしまう。
普段から求婚を繰り返す拓海ではあるが、まさか怪物の格好をしている今ですら、
そうやってプロポーズされてしまうとは思わなかった。
「おい、メガネ。テメェ、人の女になにやしてやがる。
テメェもテメェだ、メガネなんかに口説かれてんじゃねぇ」
「イエスくん……!」
ぐいっと横合いから腕を強くひかれた。
ほとんど普段と変わらない格好のイエスの頭には、ふさふわした狼の耳だけが申し訳程度に
ついている。
仮装を迫られたイエスが、耳と尻尾程度ならやってやってもいいと最低限の妥協をして
くれたのだ。
「イエスくん、狼男似合うね」
「フン。狼男らしく……、テメェのこと頭から喰ってやろうか?」
「わっ!?」
捕まれた腕をさらに強く引き寄せられ、その腕の中に捕えられてしまいそうになり……。
「おいおい、イエス。
お姫様に乱暴なことをしてるんじゃねぇよ。
妖精さんってのは眺めて愛でるもんだろうが」
「哲くん」
ひょいと、そんなチヒロの体をイエスより攫ったのは哲だった。
イエスと同じく、耳のついた仮装だが、その色合いはイエスよりもだいぶ派手だ。
ピンクと紫の縞のカラーリング。
チェシャ猫だ。
「へへ、猫耳なんて、あんたがつけた方が可愛いんだろうけどな」
「そんなことないよ。哲くんにも良く似合ってる」
「そうかい? じゃあ猫らしくあんたに撫でてもらおうかな」
「えっ」
撫でてくんな、と頭を差し出される。
チヒロはドキドキしながらもその頭へと手を伸ばしかけ……。
「だーめだよン!!
ハニーちゃんはおれ様の花嫁になるんだから!
諸星キュンは引っ込んでて!!」
「あ、ハマー」
次にチヒロの手を引いたのは慎之介だった。
しっかりと着込んだ燕尾服が、とてもよく似合っている。
黙って動かずに立っていれば、いかにも紳士といった態だ。
だが、その口元にはぎらりと光る牙が見えている。
「ハマーは吸血鬼なんだね」
「そうだヨン、だからハニーちゃんの甘ぁい血を吸わせて欲ちいな!」
「ええええ!」
ぎゅっと抱き着かれ、首筋へと慎之介の顔が迫る。
本当に噛み付かれるということはないだろうが……。
「はいはい、そこまでだよ。彼女が怯えてるだろ」
「ほぎゃ!!?」
慎之介は、間に入った人物を見ると盛大な悲鳴をあげて逃げ出していってしまった。
「……あれ。
俺、そんなに怖い格好をしてるかな」
「えーと……、なんでしょうね。
不思議と似合ってるっていうか……」
困ったように頬をかくのは、イエスの保護者でもある青年、来栖恭平だ。
返り血を浴びた黒ずくめの格好に、片手にはチェーンソーが携えられている。
謎の既視感を感じないこともないが、そこは追及してはいけないポイントだろう。
「はは、ちょっと恥ずかしいけど……。
君にそう言ってもらえるなら、こんな格好をした甲斐があったな。
君もとてもよく似合ってるよ」
「そうですか?」
同じ年頃のヤマノテBOYSたちに褒められるのとは、ちょっと違ったくすぐったさを
感じてしまって、チヒロははにかむように視線を伏せる。
「おやおや、プリンセスを独り占めにするなんて、あなたもなかなかやりますねえ」
「あ、プレジデント」
最後に現れたのは、プレジデントだった。
真っ黒なローブを頭からかぶり、片手には曲がりくねった杖を持っている。
「プレジデントは魔法使いですか?」
「ええ、私にぴったりでしょう?」
「ふふ、そうですね。
確かにプレジデントはわたしをプリンセスにしてくれましたから」
「そうですねぇ。そういった意味では、私は本物の魔法使いなのかもしれません」
すぅと双眸細めてプレジデントが笑う。
その背後には、いつの間にか怪物の格好をしたヤマノテBOYS達が勢ぞろいしている。
今日は、お祭り。
怪物たちの祭典。
「さあ、楽しみましょうか。
私達の――……、ハロウィンを」
そして、怪物たちの宴が始まる。
……END
そしてパーティーが終わった帰り道……?