BVカウントダウン一日前!





「ハニーちゃんとのデート、デート、デート、デートったらデート」

ハマーホテルの最上階、スウィート中のスウィートルームの真ん中で、ムフフフンと上機嫌に鼻歌を歌う青年が一人。
愛しの恋人とのデートを明日に控えた濱田慎之介である。
もはや頭の中は、彼女とのデートのことでいっぱいいっぱいだ。
広い部屋の中心にちんまりと座りこみ、がさごそと荷物を広げる様は、まさに遠足前夜の小学生といった風情がある。

「最近開発した3D立体カメラは持ったし、デート先には全方向どこでもハニーちゃんをとらえるために隠しカメラをとことん仕掛けまくったし……。
受信装置を持ってて万が一ハニーちゃんに見つかったら怒られちゃうから、実際に持つのは小型の中継機だけにして……」

…………。

ブツブツと鼻歌混じりに楽しげに呟かれる内容は、あきらかに遠足前の小学生のレベルを逸脱していた。

「それでも見つかったときの危険性を考えて撮った画像の受信地は幾つか作っておいて……。
ああ、中継機もいくつか持っておいて、中継機ごとにデータを飛ばす先が違っててもいいよネン。
念には念をいれなきゃ。
おれ様のハニーちゃんはシャイだから!」

もはやスパイもかくやという情報戦である。
恋人がシャイだからという理由で盗撮スキルをあげていく慎之介も慎之介だが、しっかりそんな慎之介への対応スキルをあげている彼女も彼女だ。

「雨が降るかもしれないから傘も必要だよネン。
あ、ハニーちゃんが小腹がすいたときのためのキャンディーに、ハニーちゃんにいつでもカッコイイおれ様を見てもらえるように鏡も持たなきゃ!
道に迷った時に困るといけないから、デートに世界地図もマストだし……!」

部屋中に広げられた様々なものから、必要のありそうなものだけをピックアップして、慎之介は次々と愛用しているリュックの中へと詰めていく。

「ハニーちゃんが疲れて座りタイ!なんてときには折り畳みの椅子も必要だし……。
いつでもどこでもハニーちゃんとイチャつけるように折り畳みのベッドも入れておこうカナカナ。
……って、ベッドなんておれ様ダイターン!!」

きゃ、と赤らんだ頬に手をあて、怪しげな妄想に一人身悶えする慎之介。
普通に考えればどう考えても入るはずがない質量なのだが、何の不思議が働いているのか、慎之介が無造作に突っ込んだブツはするするとリュックの中へと消えていく。
そうしているうちに、必要なものだけをピックアップするはずが、部屋中に広げられていた荷物のほとんどがリュックの中に納まってしまっていた。
誰か人に聞かれたならば、慎之介は「濱田流収納術だヨ!」と言い切っていたことだろう。
そして、デートの準備(?)がおおよそ整ったあたりで、もう入れるものはないかと床をさまよっていた慎之介の指先が、ふと冷たいものに触れた。

「……あ」

手錠だ。
慎之介と彼女を繋ぐ愛の鎖。
――…と言うのはタテマエで、実際には生身で手をつなぐことが困難な慎之介が、それでも彼女を近くに感じていたくて頼るアイテムなのだが。

「……どうちよう」

正直、未だに彼女と手を繋ぐのには躊躇いがある。
もちろん嫌なわけではない。
むしろ嬉しい。
大好きな彼女に触れられるのも、触れて貰うのも、慎之介にとっては喜びだ。
だが、彼女を見ているだけでも幸せ、という程度に彼女のことが大好きすぎる慎之介にとって、手をつなぐというのは心臓が爆発しかねないほどの冒険でもある。
実際これまでに、何度か爆発している。

「……ハニーちゃんは、おれ様とお手々繋ぎたいって言ってくれるけど。
お、おれ様からハニーちゃんに手を繋いで、って言うなんて……っ!」

想像してみる。
隣を歩く、自分より少し小柄な彼女。
斜めに見上げるように自分を見て、可愛らしく微笑む彼女。
そんな彼女に慎之介もまた優しく微笑みを返しながら、

「さ、手を繋ごうか」

とスムーズに紳士っぷりをアピールしながら手を差出し、彼女の小さくて柔らかな手が……。

「ほぎゃあああああああ無理ぃいいいいいいい!!!!」

ぼぱん、と謎の爆発音がハマーホテルの一室に響きわたる。
想像だけで真っ赤になって力尽きた慎之介。

「……う、ううう」

べたりと床に張り付くようにノビたまま、慎之介はこそりと手錠をリュックの中へと仕舞い込む。
使う使わないはさておき、どうやら未だ手錠を手放せない濱田慎之介であった。


ハニーちゃんとのデートまで、後一日!