BVカウントダウン二日前!





「…………」

なんとなく、頭が重い。
何か頭の片隅がどんよりとしている気がする。
悠斗はPCの画面を眺めたまま、は、と短く息を吐き出した。
もしかしたら、気圧の影響を受けているのかもしれない。

(……最近、天気も悪かったしな)

仕事を切り上げて休むというほどではないが、このまま続けても効率はよくないだろうとわかる程度の、鈍痛。
痛みというよりも、気持ち悪い、に近い。

「……ふう」

(少し休んで、気持ちを切り替えるとしよう)

病は気から、である。
悠斗は深く息を吐いて深呼吸をすると、席から立ち上がった。

「悠斗様? どちらへ?」
「息抜きだ。少し外の風に当たってくる。
すぐに戻るからお前達はついてこなくてもいいぞ」
「は、了解いたしました」

そうして。
何か御用があれば、とすかさず出現する秘書にそう言い置いて、悠斗は一人で外に出ることにしたのだった。



★☆★



なんとなく気の向くままに足を進めた結果、悠斗は近くの公園にまでやってきていた。
息抜きで公園まで歩く、なんていうのはこれまでの悠斗にはあまり考えられなかったことだ。
「息抜き」という行為の意味も、そのために選ぶ場所が最寄の公園、なんてことも、その両方が悠斗にとっては新しい考え方だ。
これまでだったら、せいぜい秘書にお気に入りの紅茶を淹れさせて一服する程度で終わったことだろう。
周囲にひとけがないのを確認した後、思い切り腕を伸ばしてノビをする。
長時間座りっぱなしだったせいか、肩や腰まわりがすっかり固まってしまっているような気がした。

(今までなら……、マッサージを呼んでただろうな)

腕利きの整体師を呼び、最高級のサービスでのリフレッシュを図っていただろう。
そんな悠斗が、今は癒しを求めて近所の公園までやってきている。
都会の中であっても、申し訳程度の緑に囲まれた小さな公園。
ぽつりぽつりと置かれたベンチと、その間に設置された自動販売機。

(……缶ジュースでも、飲んでみるか)

かつて彼女にならったように、財布の中に入っていた小銭を自販機へと早速投入する。
思えば、こうして小銭を持ち歩くようになったのも、彼女と過ごすようになってからだ。
カードさえあれば、札さえあれば不便はないと思っていた悠斗だったが、庶民である彼女と付き合うようになってから、小銭は小銭で便利なものであるということを思い知った。
こまごまとしたものを買うのには、小銭で充分間に合うのだ。

(飲みたいものを選んで……)

いくつかの商品の中から、適当に選ぶ。
悠斗には吟味するほど缶ジュースの種類に関しての知識はない。
ガコン、と落ちてきた缶ジュースを取り出し口から丁寧に引き出した。
プルタブを開けて……、軽く口をつける部分を拭ってから、飲む。

「……悪くないな」

自動販売機というものは機械の中でしっかりとドリンクが保冷されているらしく、悠斗の喉をキンキンに冷えた甘味が滑り落ちていく。
科学的に調合された、人工的な甘み。
本来ならば高級な食材に慣れた悠斗の口には、とてもじゃないが美味とは判断しかねる味だろう。
それが、不思議と疲れた体に心地良い。

(……彼女のことを、思い出すからかな)

まだTYBの最中だったあの日、彼女と一緒に公園で飲んだ缶ジュースの味を思い出す。

「――ああ、そうか」

癒しを求めて悠斗が公園にまでやってきた理由。
缶ジュースに心地よさを感じた理由。
全ては彼女に起因している。

「僕は……、彼女が恋しいんだな」

しみじみと呟いて、再び缶ジュースを傾ける。
次に会えるデートは二日後に迫っている。
だからこそ、今のうちになるべく仕事を片付けておこうと、今こうして根を詰めているわけなのだが。

「今日は早めに仕事を切り上げて……、彼女に電話でもしてみようかな」

今日は一人で公園に行って、一人で缶ジュースを買ったのだと、話してみよう。
きっと彼女は少し驚いて、それから笑って褒めてくれるだろう。

「早く、会いたいな」

二之宮悠斗。
愛する彼女とデートが出来るまで、あと二日!