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それはTYBピュアラズベリーディスクの発売前夜のこと。

「…………」

琉堂イエスは、不機嫌気味に天井を睨みつけた。
場所はいつものバー、VANQUISHだ。
定位置であるソファに転がって、親の仇でも見るような目で、天井を睨んでいる。

「…………」

唸る。
何ゆえ自分がこんな思いをしなければいけないのかがわからない。
ゆっくりと、手を持ち上げて天井へとかざしてみた。
無骨な手だ。
何かを壊すことしか、知らない手。
いや……、知らなかった、手。
今はもう少しだけ、違う意味を知った気がする。

「……馬鹿みてぇ」

ぼんやりとぼやいた口調にも、どことなく、ただの苛立ち以外の感情が滲んでいるような気がしてくすぐったい。
ごろりと寝返りを打つ。
こんな風に、落ち着かないのは初めてかもしれない。
体の内で、どうしようもない苛立ちが燻ってじっとしていられなくなるようなことはこれまでにもあった。
衝動に突き動かされるままに外に飛び出して、適当な相手に喧嘩を売って発散したことは珍しくない。
けれど……。
今イエスの胸に満ちるざわつきは、きっとそんなことでは誤魔化せやしない。
むしろ後味が悪くなるばかりだ。

「……欲しいモンは、奪い取るのが俺だったろうに」

欲しいものはなんだって力づくで手に入れて。
力で手に入らないものは最初から欲しくなんてなかったのだと突っぱねて。
そうやって生きてきたのが琉堂イエスだ。
触れたら壊してしまいそうな綺麗なものは、いつだって遠くから眺めていた。
自分にはそれしか出来ないのだと、そう思っていた。

「……馬鹿女」

それなのに、明日あの女はイエスを待っているのだと言う。
イエスと逢うのを楽しみに、待っているから迎えに来てくれと言う。

「…………」

携帯を取り出して、画面を確認する。
画面の左上に小さく光る、メールの受信を示す封筒のアイコン。
イエスにメールを送ってくるような物好きは、彼女ぐらいだ。
イエスの、恋人であるあの少女。

「……馬鹿は俺か」

メールの着信は、別に今したというわけではない。
イエスの記憶が確かなら、昨夜のうちにはもうそのアイコンは現れていた。
それを、開かないでいるのは。
開けずにいるのは。

「……もったいねぇとか思っちまってるなんて」

彼女からのメールを、開くのが勿体ない。
彼女からメールが来た、という事実を知らせるアイコンが、携帯の画面から消えてしまうのが惜しい。

「本ッ当馬鹿みてぇだな」

毒づいて、ごろりと再び転がってイエスはソファに突っ伏した。
その耳がほんのり赤く染まっていることを、誰も知らない。

























そして。
琉堂イエスは、何かを振り切るように、先ほどまで眺めていたメールアイコンを開いた。

『明日、楽しみだね』

そんな、素朴な彼女の言葉にク、と口角が笑みに吊り上る。
約束の時間まで、まだ数時間は残っている。
だが、そんなことは知ったことではない。
琉堂イエスは、欲しいものは必ず手に入れる。
少々のフライングは――…、イエスにしてはまだ我慢した方だろう。
ぴぴぴ、と携帯のボタンを押して。
作成したのは、簡潔極まりない一通のメール。




『今から行く』




ばさりと音をたてて上着を羽織り、大股にバーを横切ってイエスは外へと向かう。

「……待ってろよ?」

独り言は低く甘く。
バタン、と重々しく扉が閉まる音がそんな声音へと重なった。





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